




森から海へ ― クランダ観光鉄道、帰りの車窓から
その週末、俺たちは四人でクランダにいた。
イニスフェイルのバナナファームで一緒に働いていた同僚と、別のファームにいたワーホリ仲間が二人。俺と同僚は一度この村に来たことがあって、すっかり気に入っていた。だから仲間に勧めたら、じゃあみんなで行こうという話になった。二度目のクランダだ。
村を歩き、市場を冷やかし、昼飯は列車の時間に追われて急いで掻き込んだ。そして帰りも列車を選んだ。ケアンズより二十九キロ北西、熱帯雨林の斜面を曲がりながら降りていく観光鉄道である。
二〇一六年八月二十八日。午後の光の中を、俺たちは山から降りた。

列車がカーブに差しかかると、自分の乗る車両の窓から先頭側の客車が見えるようになる。えんじとクリームに塗られた木造の車体が、白い手すりの弧に沿ってゆっくりと曲がっていく。
中ほどに一両、壁のない開放型の車両が挟まっている。あそこに立てば、風も音も匂いも直に浴びられるのだろう。
窓を開けていると、二種類の音が入ってくる。継ぎ目を叩くレールの音と、熱帯雨林の鳥と虫の声だ。列車は決して速くないから、走行音が森の音を消してしまうことがない。八月のクイーンズランドは涼しく、Tシャツ一枚で風に当たっていられた。
橋の下は谷だ。斜面には熱帯雨林が張りつき、その隙間から岩肌が覗く。百年以上前、この地形にどうやって線路を通したのか。鉄骨の橋脚を見ていると、景色より先にその労力のほうが迫ってくる。

やがて列車は渓谷を見下ろす位置に出る。
切り立った岩壁が幾重にも折り重なり、その谷底へ向かって白い水筋が細く落ちていた。八月、乾期の盛りである。黒々とした岩肌がむき出しになり、水は割れ目を縫うように分かれて流れる。淵に溜まった水だけが淡い緑を帯びていた。
正直に言えば、このときの俺は少し拍子抜けしていた。滝を見に来たつもりだったからだ。
だが、写真を見返すたびに考えが変わっていく。ここで本当にでかいのは水ではない。この岩だ。何百万年もかけて川が削り込んだ谷の断面が、丸ごと目の前に晒されている。水が引いた乾期だからこそ、その骨格が全部見えていた。

少し進んで落ち口が見えたとき、その理由が同じ画面の中に写り込んだ。
岩棚の奥に見える横一線の構造物。あれは上流のクランダ堰だ。ここで取り込まれた水は、渓谷の下にある水力発電所へ送られる。だから雨季の増水期を除けば、断崖を落ちるのはあの細い一筋だけになる。
この滝には名前がある。バロン滝。先住民のジャブガイの人々は Din Din と呼んだ。観光ポスターに使われている豪快な姿が見られるのは、十二月から三月の雨季、それも雨がまとまって降った直後だけらしい。
つまり俺は、シャッターチャンスを逃したわけではなかった。八月に来た者が見るべき顔を、そのまま見ていただけだ

森の中をひたすら下ってきた列車が、不意に開けた斜面に出る。
眼下には白い屋根の住宅地。その向こうに芝の緑と池が並び、さらに奥では森が海岸線まで続いている。水平線には一本の青。ケアンズの海だ。
車内の空気が変わったのを覚えている。誰かが声を上げて、みんなが同じ側の窓に寄った。
ついさっきまで、視界は緑と岩と暗い水だけだった。それが数分で、人の暮らす平野と海に変わる。この鉄道が越えている高度差を、頭ではなく心で理解した瞬間だった。午後の光が平野を白く照らしていた。

平地に降りきったあたりで、線路が大きく曲がった。
俺たちは後ろのほうの車両に乗っていた。だから窓の外に目をやると、弧の先に自分たちの列車の先頭が見えた。青い機関車と、赤と黄の機関車。その後ろに、えんじ色の客車がずらりと連なっている。青いほうの車体には、この土地に伝わる大蛇の姿が描かれていた。
さっきまで自分が中にいた列車を、外から眺めている。妙な感覚だった。
一時間半、俺たちはこの箱に運ばれて、谷を覗き、滝の事情を知り、海を見た。そして最後に、運んでくれたものの姿を見せられて終わった。
仲間に勧めて正解だった。二度目でも、この鉄道は同じだけよかった。
撮影メモ
機材は SONY NEX-5N に E 50mm F1.8 OSS の一本きり。APS-C だから換算で七十五ミリ相当になる。広く写せないぶん、渓谷も街並みも「切り取る」しかなかった。
だが結果的には、それがよかったと思っている。窓枠という決まった額縁の中で、さらに狭い画角で構図を決める。列車は待ってくれないから、迷う時間もない。この記事の五枚は、そういう制約の中で撮ったものだ。
撮影:二〇一六年八月二十八日、午後。
