カーブした鉄橋を渡る観光列車。えんじ色とクリーム色の木造客車が連なり、中ほどに壁のない開放型の車両が挟まる。橋には白い手すりが弧を描き、背後には岩壁と熱帯雨林の斜面が迫る。
弧を描く鉄橋を渡る ― クランダ観光鉄道
切り立った岩壁の渓谷を細く流れ落ちる滝。乾期で水量が少なく、黒い岩肌の露出した斜面を白い水筋が幾条にも分かれて下り、途中に緑色の淵をつくっている。
乾期の渓谷を落ちる細い水筋 ― オーストラリア・クイーンズランド州
熱帯雨林に囲まれた渓谷の滝の落ち口。露出した岩棚の奥に緑色の水をたたえた川と取水堰の構造物が見え、手前の断崖を細い水が一筋だけ落ちている。
乾期のバロン滝、落ち口を望む ― バロン渓谷国立公園、オーストラリア
山の中腹から見下ろした海岸平野。緑の尾根の裾に住宅地が広がり、芝地と池が点在する。奥には森を挟んで海が水平線まで続き、薄い雲の浮かぶ空へと繋がっている。
森が切れて、海が見えた ― ケアンズ近郊の平野を望む
刈り草の残る草地の向こうを走るクランダ観光鉄道の列車。青いアボリジナルアート塗装の機関車と赤黄の機関車が、えんじ色の木造客車を牽引し、背後には熱帯雨林の山と青空が広がる。
熱帯雨林の裾を行くキュランダ観光鉄道 ― オーストラリア・クイーンズランド州

森から海へクランダ観光鉄道、帰りの車窓から

その週末、俺たちは四人でクランダにいた。

イニスフェイルのバナナファームで一緒に働いていた同僚と、別のファームにいたワーホリ仲間が二人。俺と同僚は一度この村に来たことがあって、すっかり気に入っていた。だから仲間に勧めたら、じゃあみんなで行こうという話になった。二度目のクランダだ。

村を歩き、市場を冷やかし、昼飯は列車の時間に追われて急いで掻き込んだ。そして帰りも列車を選んだ。ケアンズより二十九キロ北西、熱帯雨林の斜面を曲がりながら降りていく観光鉄道である。

二〇一六年八月二十八日。午後の光の中を、俺たちは山から降りた。

カーブした鉄橋を渡る観光列車。えんじ色とクリーム色の木造客車が連なり、中ほどに壁のない開放型の車両が挟まる。橋には白い手すりが弧を描き、背後には岩壁と熱帯雨林の斜面が迫る。
弧を描く鉄橋を渡る ― クランダ観光鉄道

列車がカーブに差しかかると、自分の乗る車両の窓から先頭側の客車が見えるようになる。えんじとクリームに塗られた木造の車体が、白い手すりの弧に沿ってゆっくりと曲がっていく。

中ほどに一両、壁のない開放型の車両が挟まっている。あそこに立てば、風も音も匂いも直に浴びられるのだろう。

窓を開けていると、二種類の音が入ってくる。継ぎ目を叩くレールの音と、熱帯雨林の鳥と虫の声だ。列車は決して速くないから、走行音が森の音を消してしまうことがない。八月のクイーンズランドは涼しく、Tシャツ一枚で風に当たっていられた。

橋の下は谷だ。斜面には熱帯雨林が張りつき、その隙間から岩肌が覗く。百年以上前、この地形にどうやって線路を通したのか。鉄骨の橋脚を見ていると、景色より先にその労力のほうが迫ってくる。

切り立った岩壁の渓谷を細く流れ落ちる滝。乾期で水量が少なく、黒い岩肌の露出した斜面を白い水筋が幾条にも分かれて下り、途中に緑色の淵をつくっている。
乾期の渓谷を落ちる細い水筋 ― オーストラリア・クイーンズランド州

やがて列車は渓谷を見下ろす位置に出る。

切り立った岩壁が幾重にも折り重なり、その谷底へ向かって白い水筋が細く落ちていた。八月、乾期の盛りである。黒々とした岩肌がむき出しになり、水は割れ目を縫うように分かれて流れる。淵に溜まった水だけが淡い緑を帯びていた。

正直に言えば、このときの俺は少し拍子抜けしていた。滝を見に来たつもりだったからだ。

だが、写真を見返すたびに考えが変わっていく。ここで本当にでかいのは水ではない。この岩だ。何百万年もかけて川が削り込んだ谷の断面が、丸ごと目の前に晒されている。水が引いた乾期だからこそ、その骨格が全部見えていた。

熱帯雨林に囲まれた渓谷の滝の落ち口。露出した岩棚の奥に緑色の水をたたえた川と取水堰の構造物が見え、手前の断崖を細い水が一筋だけ落ちている。
乾期のバロン滝、落ち口を望む ― バロン渓谷国立公園、オーストラリア

少し進んで落ち口が見えたとき、その理由が同じ画面の中に写り込んだ。

岩棚の奥に見える横一線の構造物。あれは上流のクランダ堰だ。ここで取り込まれた水は、渓谷の下にある水力発電所へ送られる。だから雨季の増水期を除けば、断崖を落ちるのはあの細い一筋だけになる。

この滝には名前がある。バロン滝。先住民のジャブガイの人々は Din Din と呼んだ。観光ポスターに使われている豪快な姿が見られるのは、十二月から三月の雨季、それも雨がまとまって降った直後だけらしい。

つまり俺は、シャッターチャンスを逃したわけではなかった。八月に来た者が見るべき顔を、そのまま見ていただけだ

山の中腹から見下ろした海岸平野。緑の尾根の裾に住宅地が広がり、芝地と池が点在する。奥には森を挟んで海が水平線まで続き、薄い雲の浮かぶ空へと繋がっている。
森が切れて、海が見えた ― ケアンズ近郊の平野を望む

森の中をひたすら下ってきた列車が、不意に開けた斜面に出る。

眼下には白い屋根の住宅地。その向こうに芝の緑と池が並び、さらに奥では森が海岸線まで続いている。水平線には一本の青。ケアンズの海だ。

車内の空気が変わったのを覚えている。誰かが声を上げて、みんなが同じ側の窓に寄った。

ついさっきまで、視界は緑と岩と暗い水だけだった。それが数分で、人の暮らす平野と海に変わる。この鉄道が越えている高度差を、頭ではなく心で理解した瞬間だった。午後の光が平野を白く照らしていた。

刈り草の残る草地の向こうを走るクランダ観光鉄道の列車。青いアボリジナルアート塗装の機関車と赤黄の機関車が、えんじ色の木造客車を牽引し、背後には熱帯雨林の山と青空が広がる。
熱帯雨林の裾を行くキュランダ観光鉄道 ― オーストラリア・クイーンズランド州

平地に降りきったあたりで、線路が大きく曲がった。

俺たちは後ろのほうの車両に乗っていた。だから窓の外に目をやると、弧の先に自分たちの列車の先頭が見えた。青い機関車と、赤と黄の機関車。その後ろに、えんじ色の客車がずらりと連なっている。青いほうの車体には、この土地に伝わる大蛇の姿が描かれていた。

さっきまで自分が中にいた列車を、外から眺めている。妙な感覚だった。

一時間半、俺たちはこの箱に運ばれて、谷を覗き、滝の事情を知り、海を見た。そして最後に、運んでくれたものの姿を見せられて終わった。

仲間に勧めて正解だった。二度目でも、この鉄道は同じだけよかった。

撮影メモ

機材は SONY NEX-5N に E 50mm F1.8 OSS の一本きり。APS-C だから換算で七十五ミリ相当になる。広く写せないぶん、渓谷も街並みも「切り取る」しかなかった。

だが結果的には、それがよかったと思っている。窓枠という決まった額縁の中で、さらに狭い画角で構図を決める。列車は待ってくれないから、迷う時間もない。この記事の五枚は、そういう制約の中で撮ったものだ。

撮影:二〇一六年八月二十八日、午後。

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