タイ・ラヨーンのメーラムプン海岸から望む日の出。朝靄でオレンジ色に染まった空に太陽が昇り、穏やかな海面に金色の光の道が伸びる。左手前にヤシの木と海岸線のシルエット
朝靄に包まれた、メーラムプン海岸の静かな日の出
オレンジ色に染まる朝焼けの空と海。水平線から昇る太陽が海面に金色の光の道を描き、波打ち際には大人と子どもたちのシルエットが並ぶ。左手には木々の黒い影。タイ・ラヨーンの海岸。
金色の朝を、ただ黙って眺める ── ラヨーンの浜辺での朝日(タイ)
夕暮れの海。オレンジからピンクへと染まる空に太陽が低く輝き、濡れた砂浜と海面に金色の光の帯が長く伸びる。手前には打ち寄せる波、水平線の彼方には岬の稜線のシルエット。タイ・ラヨーンの海岸。
一日の終わりを、金色が縁取る ── ラヨーンの夕暮れ(タイ)
一面オレンジ色に染まった夕空と海。水平線近くに沈みゆく太陽が、穏やかな海面に金色の光を落とす。彼方には島影の稜線が黒いシルエットとなって横たわる。タイ・ラヨーンの海。
空も海も、一色に溶ける時間 ── ラヨーンの夕暮れ(タイ)
タイ・ラヨーンの海に沈む夕日。赤く染まった空の下、水平線に山のシルエットが浮かび、穏やかな海面に太陽の光が反射している
宿泊していたホテル前の浜辺から望む、ラヨーンの海に沈む夕日

天照、遠い海でラヨーンの朝と夕

太陽は、どこにでもある。

日本の朝にも、オーストラリアの夕方にも、同じひとつの太陽が昇り、そして沈む。天照(あまてらす)の光は、国境も海も知らず、ただあまねく地上を照らしている。——頭ではそう、わかっていたはずだった。

けれど、タイ・ラヨーンの海辺で出会った太陽は、私の知るどの太陽とも、違う顔をしていた。

タイ・ラヨーンのメーラムプン海岸から望む日の出。朝靄でオレンジ色に染まった空に太陽が昇り、穏やかな海面に金色の光の道が伸びる。左手前にヤシの木と海岸線のシルエット
朝靄に包まれた、メーラムプン海岸の静かな日の出

夜明け前、まだ薄暗い浜に出る。水平線の向こうが、ゆっくりと灼(や)けはじめた。二月の乾季の朝は淡い靄(もや)に包まれ、昇る太陽は、まぶしさよりも先に、やわらかさを届けてくる。金色の帯が、凪(なぎ)いた海の上を、まっすぐ私の足元まで伸びてきた。

オレンジ色に染まる朝焼けの空と海。水平線から昇る太陽が海面に金色の光の道を描き、波打ち際には大人と子どもたちのシルエットが並ぶ。左手には木々の黒い影。タイ・ラヨーンの海岸。
金色の朝を、ただ黙って眺める ── ラヨーンの浜辺での朝日(タイ)

浜には、朝の海を見にきた家族がいた。子どもが波打ち際で足を濡らし、その影が、長く砂に落ちている。言葉はわからなくても、朝日に向かって立つ人の姿は、どこの国でも変わらない。——それでも、その背中を照らす光の色は、やはり少しだけ違っていた。

南に開けたこの海岸では、朝日の昇った同じ空を、夕日がまた反対側から灼く。一日のはじまりと終わりが、同じ波の上に落ちていく。

夕暮れの海。オレンジからピンクへと染まる空に太陽が低く輝き、濡れた砂浜と海面に金色の光の帯が長く伸びる。手前には打ち寄せる波、水平線の彼方には岬の稜線のシルエット。タイ・ラヨーンの海岸。
一日の終わりを、金色が縁取る ── ラヨーンの夕暮れ(タイ)

夕暮れ、寄せては返す波が、濡れた砂に、溶けた金属のような光の筋を残す。沖の向こうには、湾を抱くように、遠い岬の稜線が横たわっていた。

一面オレンジ色に染まった夕空と海。水平線近くに沈みゆく太陽が、穏やかな海面に金色の光を落とす。彼方には島影の稜線が黒いシルエットとなって横たわる。タイ・ラヨーンの海。
空も海も、一色に溶ける時間 ── ラヨーンの夕暮れ(タイ)

太陽は、その半島へと少しずつ近づいていく。逆光に沈む山影は藍色のシルエットになり、空はいつしか、熟れた果実のような色に染まっていた。

タイ・ラヨーンの海に沈む夕日。赤く染まった空の下、水平線に山のシルエットが浮かび、穏やかな海面に太陽の光が反射している
宿泊していたホテル前の浜辺から望む、ラヨーンの海に沈む夕日

やがて陽は、稜線のすぐ上まで降りてくる。オーストラリアの、広すぎるほどの空でもない。日本の、澄みきった冬の朝でもない。——湿った南の空気ににじむ、この土地だけの、やわらかく紅(あか)い太陽。

太陽は、ひとつ。どこにいても、私たちは同じ光の下にいる。それなのに、旅先で出会う太陽は、いつも初めて見る顔をしている。天照は、あまねく照らしながら、その土地の空気を、海を、人の暮らしをまとって、少しずつ違う光になるのかもしれない。

ラヨーンの朝と夕に、私は静かに、胸を打たれた。

Camera: Sony NEX-5N

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