濃い緑の葉に囲まれて咲く、青い手まり咲きの紫陽花。四枚の花びらを持つ小さな花が半球状に密集してひとつの花房をつくる。葉は艶やかで縁がぎざぎざしており、背景は暗くぼけている。
紫陽花。小さな花が寄り集まって咲くその姿から、「和気あいあい」という花言葉を持つ。二〇一二年の夏、友人と歩いた仙台で。七月の終わりだというのに、青がまだ鮮やかに咲き残っていた。
切り立った岩壁に挟まれた渓谷。ゴツゴツした大きな岩がいくつも転がり、その間を浅い川が流れる。頭上と両岸には夏の濃い緑が生い茂り、木漏れ日が岩肌に落ちている。左手の岩壁は苔むし、右手には日の当たった岩と若葉が広がる。
仙台、泊まった旅館の裏手にこんな渓谷があった。切り立った岩と、その間を縫う清流。頭上を覆う夏の緑が、真昼の光をやわらかく濾していた。二〇一二年七月、友人との旅の途中で。
日を浴びて咲く、白い手まり咲きの紫陽花。四枚の花びらの小花が半球状に密集して、いくつもの花房をつくる。ほんのり青みを帯びた白で、艶やかな緑の葉を背に、右奥には緑の茂みがぼけて広がる。
白い紫陽花。花言葉は「寛容」。青とはまた違う、光を透かすような白が、夏の緑に映えていた。二〇一二年七月、友人と旅した仙台で。

アジサイ 仙台での撮影

二〇一二年、七月の終わり。友人たちと、仙台を旅していた。

紫陽花は梅雨の花のはずだが、東北の夏は遅く涼しいのだろう、青い手まりがまだ鮮やかに咲き残っていた。小さな花が寄り集まって咲くその姿は、「和気あいあい」という花言葉のとおり、あの日の俺たちに少しだけ似ていた。

濃い緑の葉に囲まれて咲く、青い手まり咲きの紫陽花。四枚の花びらを持つ小さな花が半球状に密集してひとつの花房をつくる。葉は艶やかで縁がぎざぎざしており、背景は暗くぼけている。
紫陽花。小さな花が寄り集まって咲くその姿から、「和気あいあい」という花言葉を持つ。二〇一二年の夏、友人と歩いた仙台で。七月の終わりだというのに、青がまだ鮮やかに咲き残っていた。

泊まった旅館の裏手には、切り立った渓谷が口を開けていた。苔むした岩壁と、その間を縫う清流。頭上を覆う夏の緑が真昼の光をやわらかく濾して、川べりに下りて水音を聞いたあの時間は、今も涼しいまま記憶に残っている。

切り立った岩壁に挟まれた渓谷。ゴツゴツした大きな岩がいくつも転がり、その間を浅い川が流れる。頭上と両岸には夏の濃い緑が生い茂り、木漏れ日が岩肌に落ちている。左手の岩壁は苔むし、右手には日の当たった岩と若葉が広がる。
仙台、泊まった旅館の裏手にこんな渓谷があった。切り立った岩と、その間を縫う清流。頭上を覆う夏の緑が、真昼の光をやわらかく濾していた。二〇一二年七月、友人との旅の途中で。

帰り際、今度は白い紫陽花に出会った。青が場所や条件で表情を変えるのに対して、白はどこまでも白い。移ろう色と、移ろわない色。あの夏に見た二つの紫陽花は、いつのまにか、あの旅そのものの色になった。

日を浴びて咲く、白い手まり咲きの紫陽花。四枚の花びらの小花が半球状に密集して、いくつもの花房をつくる。ほんのり青みを帯びた白で、艶やかな緑の葉を背に、右奥には緑の茂みがぼけて広がる。
白い紫陽花。花言葉は「寛容」。青とはまた違う、光を透かすような白が、夏の緑に映えていた。二〇一二年七月、友人と旅した仙台で。

また、みんなで出かけたい。そう思わせてくれる場所が、俺にはいくつかある。仙台は、そのひとつだ。


Camera: SONY NEX-5N.

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