
車は失ったけど、夜明けは変わらず来る。グレイハウンドの窓から見た、再出発の朝。(Queensland, Australia)

生きた木も、枯れた木も、同じ朝日を浴びる。グレイハウンドの車窓から見た、もう一つの夜明け。(Queensland, Australia)
太陽は今日も俺を無視して昇る

車は失ったけど、夜明けは変わらず来る。グレイハウンドの窓から見た、再出発の朝。(Queensland, Australia)
オーストラリアの寒さがようやく抜けて、これから暑くなるという頃だった。エアリービーチは、もう完全に夏の顔をしていた。
その少し前、俺は4500ドルで一台の中古車を買っていた。スバル。売買サイトで知り合ったスウェーデン人の女性から譲り受けたものだ。彼女はその車を「スビー」と呼んでいた。名前ごと引き継いだ。
バナナファームで一緒に働いていた台湾人の相棒が、ファームを離れることになった。次の場所はサーファーズパラダイスだという。だったら車で行こう、という話になった。ケアンズから南へ、ひたすら海沿いを下る旅だ。
旅は途中まで順調だった。
ブリスベンの街を走っていたとき、突然スピードが上がらなくなった。裏路地に停めて様子を見ようとしたが、そこからはもう一ミリも動かなかった。
ロードサービスで、個人経営の修理工場まで運んでもらった。ミッションの故障だと言われた。交換に2000ドル。直すか、捨てるか。二択だった。
その選択を突きつけられた日、相棒がオムレツを奢ってくれた。俺はそれを泣きながら食べた。味は覚えていない。泣きながら食べたことだけを覚えている。
廃車を選んだ。工場のオーナーに伝えると、手続きは全部こっちでやると言う。ありがたい話ではあった。ただ、廃車になるスビーを見る彼の顔が、ほんの少しニヤけていた。おそらくミッションを直して売るのだろう。それでいいと思った。もう俺の車ではない。
車を工場に置いて、電車でサーファーズパラダイスへ向かった。一応、旅のゴールには着いたのだ。スビーだけが辿り着かなかった。

生きた木も、枯れた木も、同じ朝日を浴びる。グレイハウンドの車窓から見た、もう一つの夜明け。(Queensland, Australia)
帰りはブリスベンから、深夜のグレイハウンド。イニスフェイルまで十五時間ほど。貯金は、確かゼロだった。
夜明けの時刻に、なんとなく外を見た。
大金を突っ込んだ車が一、二ヶ月で壊れたショック。オムレツを奢ってくれた相棒の優しさ。イニスフェイルに戻ってからの生活への不安。その全部が、同時に胸の中にあった。
そんな俺のことなど一切無視して、太陽はその日も昇ってきた。
美しかった。心を洗われながら、俺は窓越しにシャッターを切っていたと思う。NEX-5。バスは走り続けていて、構図を整える時間などなかった。
失ったものの数を数えていた朝に、それでも空はこれをやる。
Camera: SONY NEX-5
